“円盤”を発見した牧場主、困惑の心中を語る
今日、W・W・ブレーゼル氏(48歳、コロナの南東30マイルに位置するリンカーン郡に居住)は、陸軍が回収した時点では空飛ぶ円盤だとされていた物体を発見した経緯について語った。
彼はこの発見により世間の注目を浴びて困惑しており、この次に何か見つけたとしても、それが爆弾ででもない限りは黙っているつもりだと付け加えた。
昨日遅くブレーゼル氏を連れてきたのは、ラジオ局KGFLのW・E・ホイットモアである。ブレーゼル氏は写真撮影と、本紙およびAP通信アルバカーキ局から取材のため派遣されてきたジェイソン・ケラヒンのインタビューに応じてくれた。
ブレーゼル氏がポーズをとった写真は、本紙編集部に特別に設置されたファクシミリ装置によって電送された。なお、装置を用意したのは、AP通信の通信部長R・D・アデア氏である。彼は、まさにこの写真と、最初にブレーゼル氏が自分の発見を報告した相手であるジョージ・ウィルコックス保安官の写真を送るために、ここに来たのである。
ブレーゼル氏の話によると、6月14日、彼は8歳の息子、ヴァーノンと一緒に、自分が経営しているJ・B・フォスター牧場の自宅から7~8マイル離れた場所で、広範囲に散らばった目立つ残骸を見つけたという。それらの残骸は、ゴムの切れ端、アルミホイル塊、かなり硬い紙、木片だった。(原文ママ)
そのとき彼は牧場の見回りを急いでいたので、残骸のことは特に気にしなかった。しかし、彼はその後、家族に自分が見たもののことを話した。7月4日には、妻、ヴァーノン、14歳の娘ベティ(訳注:正しくはベシー)と共に現場に戻り、かなりの残骸をかき集めた。
翌日、彼ははじめて空飛ぶ円盤の話を耳にし、自分が見つけたものがその残骸かも知れないと考えた。
月曜日に彼は羊毛を売りに町に出て、ジョージ・ウィルコックス保安官に会いに行き、自分が空飛ぶ円盤を見つけたのかも知れないと「秘密を打ち明けるかのように、こっそりささやいた」とのことである。
ウィルコックスは、ロズウェル陸軍航空隊のジェシー・A・マーセル少佐に連絡を取った。少佐は、平服の部下をともなって現場に向かい、「円盤」の残骸のうち残っていた分を回収してからブレーゼル氏の自宅を訪れ、残骸の再構成を試みた。
ブレーゼル氏によれば、再構成の試みは全くの失敗だった。彼らは残骸から凧を組み立てようとしたが、うまく部品を組み合わせる方法がどうしても見つからなかった。
マーセル少佐は、残骸をロズウェルに運んで行った。その後は、「空飛ぶ円盤の残骸を発見」というニュースが流れるまでブレーゼル氏には何の連絡もなかった。
ブレーゼル氏は、物体が空から落ちてくるところを見てないし、また壊れる前の姿も見ていないため、それが元々はどんな形でどのぐらいの大きさであったかは解らないと語った。ただ、テーブルの天板と同じ程度の大きさだっただろうと推測している。
気球を持ち上げてみたとき、その持ち上げられた状態が本来の形態だとして、自分が座っている部屋の大きさとの比較から、おそらく12フィートくらいの大きさだろう、と彼は感じた。ゴム材質は煤けた灰色で、発見されたときは直径200ヤードの範囲に散らばっていた。
回収されたアルミホイル、紙、テープ、木片を集めると、長さ3フィート、厚さ7~8インチの束になった。ゴム片の方は長さ18~20インチ、厚さ8インチの束になり、残骸全体で5ポンドほどの重量だったと彼は見積もっている。
残骸の周辺には、エンジンを構成していたであろう金属類、あるいはプロペラの類は全くなかった。ただ、少なくとも一つ、ヒレのような形の紙が、アルミホイルに糊付けされていた。
残骸のどこにも文章は書かれていなかったが、文字が書かれた部品はいくつかあった。大量のスコッチテープ、それに花柄が印刷されたテープもあった。
紐や針金は全く見つからなかったが、紙には何かを付けるためと思われる穴がいくつか空いていた。
ブレーゼル氏は、以前、牧場で気象観測用気球を見つけたことは2度あるが、今回見つけたものはそれらには全く似てなかったと言っている。
「私は、自分が見つけたものが、気象観測用気球ではなかったと確信してます」と彼は語った。「しかし、この次に何か別の物を見つけたとしても、それが爆弾ででもない限り、他人に教えるのはもうコリゴリですよ」
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